【みやま市】古来から続くみやまの伝統行事「御田植祭」が今年も開催されました!
2025年3月2日(日)、高田町海津の筑後乃国阿蘇神社(ちくごのくにあそじんじゃ)で「御田植祭(おんたうえさい)」が開催されました!
御田植祭は、筑後乃阿蘇神社で毎年行われる、五穀豊作を祈る春の祭りです。一年前からの神田の耕作に始まり、本殿に奉納する大注連縄の製作、赤白鈴紐作りに至るまでの準備から成り立っています。
海津茂出地区から参進した神職や花笠を被った可愛らしい早乙女(田植えをする若い女性に扮したお子さま達)、田打男などの皆さんが筑後乃海津阿蘇神社まで、独自の鉦と太鼓のリズムを鳴らしながら練り歩きます♪
御田植祭の当日は社殿での神事の後、社殿隣の広場にて御田植神事を奉納します。この日はあいにくの雨のため御田植神事も社殿にて行われましたが、多くの地元の方々が参列して大いに盛り上がりました♪
なお、社殿には鎌倉時代に作刀された大太刀「蛍丸(ほたるまる)」の復元刀が奉納されています。
蛍丸は、かつての南北朝時代の武将である恵良惟澄(えらこれずみ。後の阿蘇惟澄(あそこれずみ))公が佩用していた大太刀です。伝説によると、恵良惟澄公は1336年(建武3年)の「多々良浜の戦い」の後にみやまの地を訪れたといわれています。その時、戦いで刃こぼれしていた大太刀にホタルのような光が群がり、刀身が元の美しい姿に甦ったことから「蛍丸」の名が生まれました。恵良惟澄公が、追手から匿われた時に建てたと伝わるのが筑後乃海津阿蘇神社です。その後、蛍丸は熊本阿蘇の阿蘇神社に奉納されましたが、戦後行方が分からなくなります。2025年に奉納されたのは蛍丸を復元したもので、今回が初めての公開となります! 今後は御田植祭の際に公開されるとのことです♪
御田植祭が行われる筑後乃国阿蘇神社は、1622年(元和八年)に柳川藩家老の小野和泉守鎮幸(おのいずみのかみしげゆき)氏の命により社殿と神田が寄進され、元和八年(1622年)に現在の場所に阿蘇神社として分霊、新築されました。以来、海津地区の人びとから勝負運・商売繁盛・厄除けの神様として親しまれています。
高田町の海津地域は、弥生時代は海であったといわれています。みやまには多くの歴史の糸を紡ぐスポットがあります。吹く風も和らいできた春、みやまの悠久の歴史を感じる街歩きはいかがですか♪
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